2015年8月6日(木曜日)
【北海道】 札幌 ~ 苫小牧
無機質な廊下。
独特な匂い。
たくさんの部屋のドア。
手術フロアーは不気味な静寂に満ちている。
ここを、担架に乗って運ばれるのか………
天井を見上げながら。
背筋にうすら寒さを感じながら病院の廊下を歩き、集中治療室のインターホンを押した。
「岩手のツタヤに置いてあったよー。」
メールと一緒にこの写真が送られてきた。
うおおお!!こんな目立つところに平置きでえええ!!!
岩手好きいいいいいい!!!!!
いぎなり好ぎだっちゃーーーーー!!!!
鬼剣舞かっけえええええ!!!!!
チャグチャグ馬コかっけえええええ!!!!!
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増刷するぞー!!
そんな感じで気分よく目が覚めた出発の朝。
部屋の中にはゆうべの宴会の残骸が残っていた。
ふらつく頭で部屋の中を片付け、床を雑巾で拭き、お世話になった別宅から出た。
トラックで中田さんのところに挨拶に行き、シャワーを浴びさせてもらったら、これで富良野を出る準備は整った。
最後にここへ。
千石食堂行きすぎ。
「いやー、僕富良野に住みたいです。」
「おおお!!本当かい!?いやー、いいしょやー。待ってるからな!!」
大好きなおいちゃんとママ。そして美人なさっちゃんと可愛い赤ちゃんのユキちゃん。
あぁ、次来た時は他の食堂にも行こう。
ライダーの間で有名なお店とかも結構あるんだよな。
もっと富良野のことを知らないとな。
千石食堂を出て、富良野駅にやってきた。
これからバスに乗って札幌を目指す。
アーロンを見習ってヒッチハイクで行こうかと思ったが、実はちょっとした用事がある。
いや、ちょっとじゃない。
とても大事な約束。
数日前、旅仲間のアンナちゃんから電話がかかってきた。
どうしたんだ?ついにオッパイ触らせてくれる気になったのかな、と思ったら、意外にも違う用件だった。
意外にも!
「かネまるさん、札幌に行く用事ありますか?」
富良野を出た後は、あまり時間がないのでダッシュで苫小牧まで行き、そのままフェリーに乗り込んで北海道を出ようと思っていた。
札幌に寄ると、会いたい知り合いが多すぎてとても1日じゃ足りない。
今回は残念だけどスルーしようと思っていた。
でも、そんな気持ちを吹っ飛ばされることをあんなちゃんは言ってきた。
あんなちゃんの旅仲間に、1人の男の子がいる。
その方とは東南アジアで出会い、仲のいい友達として連絡を取り合っていたそうだけど、なにやらそのお友達が今、大きな手術を控えて札幌の病院に入院しているという。
その手術。
心臓移植。
僕みたいな世間知らずのチンカスでもそれがとんでもないことくらいはなんとなくわかる。
どうやらその男の子が僕のブログの読者さんらしく、話したい、とおっしゃってるとのことだった。
緊張しながらも電話を待っているとその男性から電話がかかってきた。
意外にも元気そうな声だった。
そんな大手術をひかえているのならもっと弱々しい声だろうと想像していたのに、快活な喋り方だった。
少し、旅の話をした。
そして実はこの男性。旅中の僕に一度メッセージをくれたことがあったみたいだった。
いつもたくさんの方からメッセージをいただくんたけど、フェイスブックのメッセンジャーはたまにメールがうまく届かないことがあり、そのことで返事を返せないということがあった。
この男性からのメールも、サーバーには送られているが受信ができていなかったみたいで、返事ができていなかった。
そのことを謝ると、男性は気にしないでくださいと言ってくれた。
とても腰の低い、人柄の良さそうなかただった。
札幌に会いに行くことを考えた。
しかし僕がそんな大変なところに行っていいのか?
行って僕に何ができる?
しかも札幌に行けるとしたら木曜日だ。
心臓移植の手術は水曜日とのこと。
次の日なんてまだ意識が戻っていないはず。
戻っていたとしても集中治療室に入ってる。
そんなところに家族でもない僕が行ったとして、会えないのは目に見えている。
会えもしないのに行くことに何の意味がある。
それに夜のフェリーに間に合わないかもしれない。
でも、電話を切った瞬間には気持ちは決まっていた。
真ん中に線が引かれた廊下を歩く。
いくつもドアが並んでいて、不気味な静寂が漂っている。
大学病院はとても広く、この中から1人の患者さんを見つけ出すことなんてできるのか?と心細くなりながら、お医者さんを見つけては声をかけて場所を探した。
集中治療室のインターホンで聞いてみてくださいと言われ、大きなドアの前にやってきた。
そこは通路全体がひとつのドアになっており、一般人が立ち入ることのできない異様な雰囲気に閉ざされていた。
インターホンで男性のことを訪ねる。
しばらくすると看護婦さんが出てきた。
「ご家族様ですか?」
「違います。」
ちょっと看護婦の顔が曇る。
別に会わなくてもいい。
ていうか昨日手術してるんだ。会えるような状態じゃないだろう。
そもそも集中治療室の中は家族しか面会できないはずだ。
僕にできることなんてたかが知れている。
CDを持ってきたので、それを看護婦さんに預けて、男性が目を覚ましたら渡してもらえればそれでいい。
するといったん中に戻っていった看護婦さんがまた外まで出てきて言った。
「本人が大丈夫と言っているのでご案内しますね。こちらへどうぞ。」
鼓動が早くなった。
嘘だろ?昨日の今日で意識が戻っているのか?
ていうか会えるような状態なのか?
焦りながらも中に通され、横の小さな部屋で手にアルコールを刷り込んでマスクをした。
ドキドキする。
何を話せばいいんだろう。
どんな表情をすればいいんだろう。
俺の吹上温泉を道産子の顔にかけて白い恋人にしてやる!とかクソみたいなことを言って爽やかに笑いを誘えばいいのか?
どうすりゃいいんだ。
「では金丸さん、こちらへどうぞ。なるべく手短かにお願いしますね。」
小さな部屋を出ると、そこにはカーテンで仕切られたベッドが並んでいた。
カーテンの中は見えない。
どんな人が寝ているのか。
「こちらです。」
意を決する間もなく、ベッドの前に立った。
そこには全身に管をつながれた男性が横たわっていた。
病院服から細い足がのぞいており、そこにアイスノンのようなものが乗せられていた。
あまりの光景に驚いて自分で自分がどういう顔をしているのかわからなくなった。
そして寝ていたのは僕とさほど年齢も変わらないであろう、若いイマドキのハンサムな男性だった。
普通にいつもバーで酒を飲んでバカ話をしているような同年代の若者。
そのことが余計に痛々しく感じさせた。
男性はこちらに視線を向けていた。
ほんのわずかに首が傾き、そして口を少し動かした。
かすかに声が漏れている。
そのあまりにもスローな動きが、彼の全力の動きだということが手に取るようにわかった。
声をかける。
僕の声が聞こえているようで、口を動かしてくれる。
しかし男性の声はあまりにもか細すぎて何を言ってるかわからない。
何を続けていいかわからない。
この生死の淵をさまよっている人に、俺がかけられる言葉なんて到底思いつかない。
すると、男性の手が動いた。
ゆっくりゆっくりと持ち上がり、こちらに向けられた。
ベッドからほとんど上がってはいない。
細い手が痙攣していた。
必死に手を向けてくれた。
握手したその手には力はほとんどこもっていない。
でも、確かに何かの力強さを感じた。
男性は動かない顔から視線だけを向けて、懸命に口を動かしてくれた。
集中治療室にいた時間はわずかに1分くらいだった。
看護婦さんに短めに、と言われていたのもあったけど、本当は怖かったのかもしれない。
見ていられなかったんだと思う。
人間のか弱さを目の当たりにして。
札幌からまたバスに乗り、苫小牧に到着。
時間も余裕がなく、すぐに乗船手続きをして、青森行きのフェリーに乗り込んだ。
フェリーは仙台と北海道を結ぶ豪華客船に比べてだいぶ庶民的な内装だった。
使い古された廊下を子供たちが大声を出しながら走り回っている。
客室に行き、自分の寝床を確保したら、甲板に出た。
苫小牧の町の明かりが見える。
あの明かりのひとつひとつに人々の生活がある。
その生活を覗きながらいろんなところに行く僕の心の中に何があるだろう。
見知らぬ人生の憧れは、遠い日の郷愁に似て。
Gさん、必ず元気になって、旅の話をしましょう。
旅しよう。
一生懸命生きよう。