【治験初日】
午後15時半。
福岡の郊外にある埋め立ての島にある病院にバスが止まった。
乗客のいないバスの中には俺と同じように少し大きめのバッグを持った若者が2人いた。
病院内に入るとすぐに問診票が渡され、記入が終わると2階に連れていかれる。
そこには20人以上の男たちが座っていた。
大学生風の若い男が多く、30~40代の仕事をしていなさそうな中年が数人混じっている。
無機質だけど清潔感のある室内には漫画がズラリと並び、テレビが2つ置いてある。
みな無言で、平静を装うようにうつむいていた。
看護婦さんが説明を始める。
グレープフルーツを食べないでください、タバコ・お酒は禁止、他にもたくさんの禁止事項、そして細かいルールがあるのだが、
あまり集中して聞くことができない。
女医さんの顔がエロいからだ。
どうすればいいだろう。注射をぶちこまれてしまった。
「はーい、揉まずに押さえといてくださいねー。」
揉まずに押さえといてくれだと?なんてことを言うんだこのセックスマシーンは。
大変な数日間になりそうだ。
嘘です。そんなこと思ってません。おとなしくしてます。ただ女医はエロいです。
家にいるとどうしても色々なものが周りにあって本を書くのに集中力を研ぎ澄ますことができないので、いっそ他に何もできないところに身をおけばいいんじゃないかと調べていて発見した治験。
薬の人体実験だ。
新薬は開発のために、人体で効果を試験しなければいけない。
そのモルモットになるのが治験だ。
旅人も結構やっていた。
お金がなくなったらアメリカやらに飛んで1~2ヶ月で70~80万の金を稼いで旅を続行させるやつも少なくなかったし、音楽をやってるやつはそこそこの確率で治験を経験している。
初めての体験だ。
もちろん新しい薬の実験台になるわけだから不安はあるけど、後遺症で大変なことになるようなことはないようだし、問題はなさそう。
今回は病院に3泊、それから家に戻って5泊して、その後に6泊。
お金は18万円もらえる。
どこにも行けない場所にこもって本の編集に没頭し、健康的な生活をして体調を整え、そしてお金もらえるんだから今の状況にはぴったりだ。
定員が20名なので今日集まった中から6名は本試験を受けられないことになる。
採血や健康診断から、状態のいい20名を選択し、4名は補欠、2名はこのまま門前払いになる。
治験とは望まれて体を提供する行為だが、ある程度の壁は越えなければいけない。
ひととおり検査が終わると、デイルームに集められた。
慣れた様子の若者たちはすでに漫画を手にとって読み始めている。
「それではメンバーの発表をしますねー。」
若干緊張した。
わざわざ時間をかけてここまで来てるんだ。
すでに前回健康診断で一度福岡に来ているし、薬の実験台なんてこちらの心情としては、「やりたくないけどやってあげる」といったものだ。
それを、あんたはダメですなんて言われたらたまったもんじゃない。
ブサイクに告白してふられるようなもんだ。
名前は無事20名の中に呼ばれた。
ホッとしているのが変だった。
入院中の食事は質素なものですが我慢してくださいと言われていたので山菜ばっかりの精進料理が出てくるのかなぁと期待はしてなかった。
しかし目の前に置かれたのは普通の豪華な幕の内弁当だった。
これなら贅沢なもんだ。パンと缶詰めばかり食べてた旅の頃に比べたら。
消灯時間は23時。
明日は5時に起きて検査ラッシュみたいだ。
シャワーを浴び、10人ドミトリーの部屋の中で全員同じ室内着を着てベットに横になる。
カナダのシェルターを思い出す。
イカれた街の中で、素朴な人々と暮らした日々。
ベッドに座ってパソコンをパタパタ叩いているとあっという間に時間が来てしまい、パソコンをロッカーにしまった。
どんな日々が始まるのか、楽しみだ。